曲目解説:マンドリン浪漫・夢ギター(2011.10.9)
古戦場の秋
作曲:小池正夫(1903.10.16〜1965.11.30)
作曲者は1929年(昭和4年)慶応大学卒業後、日本コロンビア・レコード社に勤務。その後、満州ビクター社を経て日本ビクター社に勤務。中学生時代からマンドリン・ギターに興味を抱き、大学卒業後「東京プレクトラム・ソサエティ」を結成しコンサートマスター・指揮者として尽力されました。
本曲は昭和13年に作曲ならびに発表されたもので、荒涼たる秋の古戦場の描写に始まり、やがて往時の戦いの場面へと移っていく。……馬のいななき、剣の刃音、そして兵どもの駆け巡る音、やがて戦いは終わる。あの激しい戦いが終わってもう幾年になろうか。今はただ目前に秋の荒涼たる風景が広がるばかり、何と虚しいことであろうか。……戦いの陰に潜む悲哀感を、日本人ならではの感傷的な哀調を帯びたメロディーとハーモニーでもって見事に表現しています。
彼が残した作品5曲の中で最も多く愛奏されているこの曲は、特定の古戦場に赴いてその印象を作曲したわけでなく、会社の激務に追われる中で、過去に訪れた幾つかの古戦場の雰囲気を思い出して作曲されたといわれています。
2011年NHK大河ドラマ
『江〜姫たちの戦国〜』メインテーマ
作曲:吉俣 良(1959.9.6〜)
編曲:小関利幸(1985〜)
作曲者は鹿児島出身の作曲家・編曲家・プロデューサー。横浜市立大学在学中よりアーティストのステージメンバーとして活動しており、主な作品には『救命病棟24時(第4シリーズ)』、『風のガーデン』、『Dr.コトー診療所』、NHK連続テレビ小説『こころ』、映画『冷静と情熱のあいだ』など多数の作品にオリジナル楽曲を提供。映像を心に刻みつける豊かなメロディーラインに定評があり、aiko、ゆず、ORANGE RANGE等のアーティストのアレンジも手がけていて、NHK大河ドラマは2008年の「篤姫」に続いて2作目となります。
──戦国、という言葉から、人はどんなことを想像するのでしょう。武士、領地の攻防、血なまぐさく凄惨な合戦、天下取り。ただ、合戦も天下取りも、関わっていたのはもっぱら男だ。愛しい人が、明日にも戦で死ぬかもしれない、そんなひりひりと切迫した時代、女たちはただひとえに争いのない日々を思い、恒久的な泰平を願っていたのではないだろうか。子を産み、育て、家を守る役目の女性たちが、ひたすら平和を望むのは、戦国も幕末も、現代も変わりはないはずです。そして「江」こそまさに、多くの子供を産み育て、二代目徳川家を守りきった人だったのです。そして男たちの陰で戦国を動かしていたのは、実は女たちだったのかもしれない──
(NHK「脚本家 田渕久美子の言葉」より)
劇的序楽「細川ガラシャ」(1968年)
作曲:鈴木静一(1901.3.16〜1980.5.27)
作曲者は東京都出身の作曲家・マンドリニスト。イタリア人の声楽家アドルフォ・サルコリにマンドリンと作曲を師事。1927年には「オルケストラ・シンフォニカ・タケイ」主催の第1回マンドリン・オーケストラ作曲コンクールで『空』が最高位入選、翌年の第2回コンクールでも『北夷』が最高位入選。その後日本ビクターに入社し、戦中・戦後には黒澤明監督の『姿三四郎』はじめとする数多くの映画音楽や流行歌を手掛け、マンドリン音楽界から遠ざかっていましたが、1965年に旧友小池正夫の死去を悼み「カンタータ・レクイエム」を作曲し、マンドリン界に復帰し、その死にいたるまでの十数年間に数多くのマンドリン・オーケストラ曲を作曲しました。
「散りぬべき時知りてこそ
世の中の花も花なれ人も人なれ」
この辞世の句を残した細川ガラシャ(1563~1600)は明智光秀の三女で日本名「玉」(たま)。織田信長の媒酌で細川忠興に嫁ぎましたが、父光秀が信長を本能寺において討ったため一時丹後水戸野に幽閉されます。大阪に戻ってからキリスト教の洗礼を受けガラシャと称すようになりました。関が原の合戦に先立ち、石田三成の人質になることを拒み、小笠原少斉に胸をつかせて38歳の生涯を閉じました。徳川幕府の治世300年にわたって熊本城主細川の家系を存続させる礎となった、その悲運のヒロイン細川ガラシャを描いたのが本曲です。
作者は昭和10年頃、故長田幹彦氏が脚色演出した舞踏劇のために作曲したのですが、その原譜がないため、かすかに記憶に残るガラシャのテーマだけを採り上げ、動乱や聖歌のイメージ等を新たに作曲し、全く別個の作品として劇音楽風に書き下されたといわれています。
曲はガラシャの悲劇的な生涯を暗示して始められ、戦乱の世を象徴するAllegroのメロディと壮麗なAndanteの聖歌を中心に展開されます。途中静まった後、ガラシャのモノローグともいうべき木管のモチーフが不安げに現れますが、やがて再び戦火に巻き込まれていきます。クライマックスではガラシャの信仰告白のように聖歌が高らかに再現されますが、石田三成の襲撃を思わせるPrestoのメロディに押し流され悲劇的な最期を迎えます。
杜の鼓動 〜 第1楽章「欅の風景」
作曲:丸本大悟(1979〜)
作曲者は5歳よりエレクトーンと楽典の基礎を学び、高校時代のバンド活動を経て、龍谷大学時代よりマンドラの音色に心を奪われ、井上泰信氏に師事する一方、氏の率いる「ARTE MANDOLINISTICA」でマンドラ奏者として活躍。また、数多くのマンドリン・オーケストラの作曲を手掛けています。2006年、第2回大阪国際マンドリンコンクール作曲部門にて独奏曲「Four Preludes」が入選、アンサンブル曲「光彩」が第3位入賞。2008年、東京に自らの拠点を移し久保田孝氏に和声法を師事。その後、堀雅貴とマンドリン・デュオ「プラネット・スピリタ」を結成。2009年、ユニバーサルミュージックよりCDデビューを果たす。人の心に寄り添う音楽をより多くの人々に届けるため、挑戦を続けています。現在、(株)T.S.P.I.専属作曲家。
『この曲において、「杜」は「森」であり、森における一日の始まりと終わり、中間部では躍動する自然を描いています。特に初演された場所、仙台のケヤキ並木の風景を曲想としています。』という作曲者による解説のように、冒頭、もやの中から森が静かに目覚めていくところから始まります。
今年3月に起こった東日本大震災。この曲はその震災前に作曲されているのですが、その仙台や東北地方の一日も早い復旧・復興を願って演奏したいと思います。
夜想的間奏曲(Intermezzo – Notturno)
作曲:Roberto Crepaldi(1878〜1949)
作曲者クレパルディは極めて資料の乏しい作曲家です。20世紀初頭、マンドリン音楽の啓蒙運動の一つとして、Vita Mandolinistica主幹やプレットロ誌主催、又イル・マンドリーノ誌主催といった作曲コンクールが毎年催され、地方出身の詳しい経歴が判明していない多くの作曲家がこれらに応募し、マンドリン界に名を残しています。例えば『オアシスにて』のE. マルティ、『月ありき』のマルティーニ、『間奏曲』のE. カヴェナーギ等々しかりです。このクレパルディもその一人で、作品もTe Sola!(君は太陽だ!)他数曲しか判明していません。
本曲はマンドリン合奏のために作曲された作品で、1923年のイル・コンチェルト主催の作曲コンクールにおいて銀牌賞を与えられた名誉ある楽曲です。卓越した技法、対位法による中・低音の流れ、各パートの強弱の交錯と相まって、例えようもなく美しい情景、宇宙の拡がりを描き出しています。
劇的序曲「幻の岩」(Le Rocher Fantome - Ouverture Dramatique)
作曲:Francis Popy(1874〜1928)
編曲:Mario Maciocchi(1874〜1955)
作曲者ポピーは、フランスのリヨン生まれの作曲家・指揮者。作品によってはHenry StazあるいはHenry Statz and Paul Comteというペンネームも使っていました。パリの国立高等音楽院を卒業後、軍楽隊のアシスタント指揮者を経て、パリのオーケストラでオペレッタの指揮者として活躍しました。作曲家としては400曲以上の作品を書きましたが、主に19世紀末から第一次世界大戦勃発までのパリが繁栄した華やかな時代、いわゆるベル・エポックの典型的な作品です。その時代が描かれている1998年の映画「タイタニック」の中でも、彼の「Sphinx」というワルツが演奏されています。
ここで編曲者マチョッキについても記しておきます。彼は、幼い頃よりマンドリンやギターを演奏し、ローマの聖チェチーリア音楽院卒業後、すでに18歳でチェリストとしてローマ五重奏団のメンバーとして活躍しました。彼の主な楽器はチェロでしたが、マンドリン奏者・マンドリン音楽にもその情熱を注ぎました。その後1905年にフランスヘ移住し、パリでプレクトラム音楽(マンドリンやギターなどの撥弦楽器の音楽)の教育指導にあたり、その普及向上に努力しました。彼のマンドリン作品は800曲にのぼると言われ、日本の多くのマンドリニスト達にも親しまれていますが、その他ピアノ曲、管絃楽曲、室内楽曲、歌曲、チェロ曲などその数・種類とも多くの作品を残しています。
この曲の題名を直訳すると『Rocher』 は岩・岩山・岩壁、『Fantome』は幽霊・幻影となります。アルプスにそそり立つマッターホルンの様な岩山を連想させる作品で、簡素で明快な重音によるオーケストレーションはあくまで力強く見事に表現されています。
最近のマンドリンのための作品には、響きとリズム・テンポのみが強調され刺激の強い作風のものがありますが、この曲は現在では古臭く感じる向きもありますが、第一主題のモチーフ(変ロ長調)と最終Grandioso(ニ長調)に転調された旋律はいつ聴いても味わい深いものです。
ポピーの原曲は、構成や音の配置から金管・木管によるブラスサウンドであると推察できるように、軍楽隊のブラスバンドのために作曲された作品ですが、編曲者マチョッキの手によって原曲の雰囲気を崩すことなく、初めからマンドリン合奏のために作曲されたかのように見事に仕上げられています。
【ギター二重奏】
アルハンブラの思い出(Recuerdos de la Alhambra)
作曲:Francisco Tarrega(1852〜1909)
編曲:J. Sagreras
作曲者タレガは、スペインの作曲家・ギター奏者で、『近代ギター音楽の父』とも呼ばれ、20世紀のクラシック・ギターを基礎付け、当時衰退していた独奏楽器としてのギターを復興した人物です。友人のアルベニスのような同時代のスペイン人作曲家と同じく、当時の支配的なロマン派音楽の風潮にスペインの民族音楽の要素を取り込んだ作品を作曲する一方、バッハ、ベートーヴェン、ショパン等、古典からロマン派音楽に至る作曲家の作品から、ギターのための名編曲を多数生み出しました。
本曲は、1896年に作曲され、グラナダ近郊の世界遺産でもあるアルハンブラ宮殿の印象を優雅に描いたもので,終始トレモロ奏法を用いて,ギターならではの繊細な表現力を引き出した名品です。
【ギター独奏】
スペイン舞曲集より第5番「アンダルーサ」(祈り)
(Danzas espanolas Op.37-5 "Andaluza" (Playera))
作曲:Enrique Granados(1867〜1916)
作曲者グラナドスはスペインのレリダに生まれ、主にバルセロナを中心に、ピアニスト・作曲家・教育者として活躍しました。青年時代に作曲された「スペイン舞曲集(全12曲)」は、彼の出世作となりましたが、題材は民謡ではなく独自の創作によります。
本曲のタイトル「アンダルーサ」はグラナドス自身の命名ではなく出版社により命名されましたが、「アンダルシアの調べ」という意味です。この作品は、おそらくスペイン作品の中で最も有名な曲の一つでしょう。 官能的で情熱的なメロディが我々の心を捉えます。
【ギター二重奏】
愛のロマンス(Romance de Amor)
スペイン民謡
編曲:外池 弘
本曲は、マドリード出身のギター奏者であるビセンテ・ゴメスが、スペインに古くから伝わる民謡をギター向けに編曲し、1941年に映画「血と砂」の挿入曲として演奏されたものです。その後、ナルシソ・イエペスによる演奏により、1952年のフランス映画「禁じられた遊び」(監督:ルネ・クレマン)の主題曲として用いられ、世界的に有名になりました。
今では曲のタイトルも「禁じられた遊び」と言った方がピンとくるまでになってしまい、ギター入門曲として知らない人のいない、また、出だしだけなら一度は弾いたことがある方も多いのではないかという超有名曲です。
【ギター二重奏】
組曲「恋は魔術師」より「火祭りの踊り」
(El amor brujo "Danza ritual del fuego")
作曲:Manuel de Falla(1876〜1946)
編曲:角 圭司
作曲者ファリャはスペインのカディスに生まれ、晩年にスペイン内戦でフランコ政権を避けてアルゼンチンに亡命しました。スペイン民族主義的傾向と印象主義的書法を巧みに折衷して、近代スペイン音楽の中心人物の一人といわれています。
マルティネス・シエーラの台本により1915年に作曲したバレエ音楽『恋は魔術師』は『三角帽子』とともに彼の最も有名な作品の一つですが、中でも曲中のこの「火祭りの踊り」はとりわけよく知られています。
本曲は、劇中の悪魔払いの際の音楽で、2拍子の活気にみちた伴奏にのせて、呪術的旋律が歌われます。ちろちろと揺れながら燃えさかっていくトリルの炎が、曲の怪しげな雰囲気をより盛り上げています。とり憑かれたように踊り狂い、高まっていくクライマックスは劇的です。
闘牛士(El Matador)
作曲:Carlo Alberto Bracco(1860〜1905)
作曲者は北部イタリアに生まれ、ジェノヴァで没したマンドリン奏者・指揮者・作曲家です。彼の代表作に1902年トリノのマンドリン・ギター誌イル・マンドリーノ主催の第6回作曲コンクールに入賞した「マンドリニストの群れ」があり、マンドリン音楽の代表曲の一つにもなっています。
本曲「闘牛士」は死の前年5月ボローニャのマンドリン誌イル・コンチェルトに発表されたスペイン風のワルツで、特にイタリア語ではなくスペイン語の標題が付けてあります。激しい動きとともに優美さを伴った闘牛士を表現した、躍動感溢れる中にも優雅さが漂う作品です。
スペインの印象(Impressions d'Espagne)
作曲:Eugene Boucheron(1876〜?)
作曲者はフランスの作曲家でパリ音楽院で学びブリュッセルで成功した後、パリに戻り音楽の学校を開いていました。本曲は第45回国際作曲家競技会で第1位の栄誉を得たものでヘルマン・アルフォンゾ夫妻に捧げられています。情熱の国スペインの風景を描いたこの曲は全4楽章よりなる組曲で、彼の代表作であると共にマンドリン音楽の傑作の一つでもあります。
■行列(Cortege)
キリストの受難と聖母マリアの悲しみのテーマが交互に現れて始まるこの曲。生活の中にキリスト教が深く根付くスペイン。そのスペインで行列と言えば、最も伝統のある行事の一つである聖週間(セマナ・サンタ)の行列。十字架を背負ったキリスト像と悲しげなマリア像を載せた2台の山車が、担ぎ手により摺り足でゆっくりと練り歩く。その後を三角頭巾を被った人々が小太鼓を打ち鳴らしながら進む。この小太鼓は、キリストが十字架に磔にされた時に大地が揺れたという聖書の記述に基づいて、その音を再現しているのだそうです。そして最後尾はトランペットの楽隊。それらの情景をどこか物悲しい雰囲気を帯びて表現しています。
■セレナーデ(Serenade)
夜も深まり恋人たちの語らいが聞こえてきます。その様子を中低音パートのマンドラとマンドセロが、高音パートのマンドリンのオブリガートを伴ってスペイン風セレナーデとして表現しています。そして後半は恋人たちの幸せな情景が優美なメロディーとして流れ、やがて夜陰の中へと消えていきます。
■オレンジの樹の下で(Sous Les Orangers)
ハバネロのリズムにのって、広場のオレンジの樹の木陰で繰り広げられる人々の活き活きとした営みが、明るい色調に彩られ躍動感に満ち溢れたメロディーとして表現されています。
■ボレロ(Bolero)
ギターが奏でるスペインの伝統舞曲のボレロの軽快なリズムにのって、優美な楽節を間にはさみ、情熱的なスペインが表現されています。