探索16日目

探索十六日目。
再度遺跡に潜ることになった我々一行は、大分温かくなった外気に別れを告げて石段を下り始めた。

先日撃破に成功した獣使いが居た地点、そこから少しと離れていない地点は、今だ他の冒険者に荒らされた形跡はない。
今回の探索のメインは、この地点の捜索だ。

半壊した天井から光が射し込み、地上と似たような植生となっている巨大な遺跡内部といえど、気温はぐんと下がり冷気が頬を撫でていく。
春先だというのにまるでここは氷室の中のようだ。
下層に下がれば、もっとずっと寒いに違いない。



夜間に火の番をしていると、夜の闇から溶け出すようなカンテラの光が不意に現れた。
その橙色の光が見えて幾ばくもしないうちに、焚き火の前に現れたのは小さな子供だ。

「…こんばんは!はじめまして。
遠くから、灯りが見えてねえ。気になって、歩いてきちゃった」

少年か少女か分からないこの年齢特有の高い声で、子供は挨拶をしてきた。
子供といっても街にいるようなタイプではない。大陸南部の原住民のような民族服を着た、浅黒い肌を持った子供だ。
細い手足に蜂蜜色の癖毛に若干目を引く顔の火傷の跡。そして大きな荷物からして、同業者だろうと直ぐに勘づいた。

「おや、今晩は。今時分に子供が出歩いて、大丈夫なのですか? 」

反射的にそんな呑気な挨拶が口から出た。
子供の姿を模して人を騙す物の怪かとも思ったが、そのような嫌な邪気は見受けられない。

その子はティカと名乗った。子供らしい素直な受け答えに、思わず張った気分が柔らかくなり、私としては珍しいことについつい歓談に及んでしまった。
乾燥した果物まで貰ってしまい、ここが遺跡の中でなければとも思った。果物はどこか懐かしい味がした。

聞いてみたところ、やはり彼(彼女?)は術を使うようだ。しかも、私が今一番覚えたいと思っている「幻術」を。



私の家は両親・兄共に術士だった。
当然自分もそうあるべきだと思い、子供の頃は相当に術の勉強をしたのだ。それこそ両親や兄、果ては妹弟が心配するほどに。
しかし素質がないのか、完全に理論は頭の中に入っていても、発動には至らなかった。

「仙導」と呼ばれる、東方少数民族独特の術。これは母と兄が使っている。
父上の術は西方のもので、それよりは扱いやすいと思われたが―――父の使うものは覚えたくなかった。

異界から力を引き出して具現化する類のものではなく、現世全てを構成している「式」を組み立てて行使する術。
本来は戦闘用ではなく、豊饒祈願や生活補助に使用するものだ。

家族の誰も私を責めたり、無理矢理術を覚えさそうとはしていない。
だが、当時の自分は少々躍起になっていたのだ。




幻術について聞いてみたところ、小さな来訪者は云う。


「どうだろね、イメージすることなのかしら…ないものを、あるように見せること、かしら…」


ないものをあるように。

影絵で生計を立てているという、小さな術士は云う。


「芝居は、ないこともあることも、ぜんぶ『ある』にできるから…その場だけでもね。
そんなふうに思っていたら、幻術の使い方がわかっていたよ。」


今まで私に足りなかったのは、造りだす事を強烈にイメージする作業なのだろうか。

来訪者が去った後、尚も燃える焚き火にそっと目を移す。
爆ぜる火花。
ゆらゆらと揺れる影。
火影の花……?

十何年かぶりに、私は仙導の言葉を呟いた。



『+斜+昇来せよ……螺旋よりの幻界韻力、己が基に有り。 集え火角、通ぜよ宵橋……+斜+』




視線の先、焔の灯らぬ砂地に、一瞬だけ火花が散った。

NEXT INDEX