探索手記-15日目-

 目が醒めた。いつもと変わらない朝──夜明け前。私の隣では、まだサフィちゃんが眠っていた。  常人よりも体温が低い私にくっついていて風邪をひきはしないだろうか。少しだけ心配になるが、しっかりと着込んだ服が断熱してくれるだろう。恐らくは余計な心配だ。  サフィちゃんを挟んだ反対隣には、彼女の「友達」…大蟋蟀が、番をするかのように陣取っている。彼も彼なりに「友達」が心配なのか、あるいは確実にやってくる戦闘が不安なのか、時折南の方に視線を向けて威嚇するように声をあげていた。  私達の身体を暖める大きな焚火は、ここにキャンプを張った時と同様に赫々と燃えていた。  暫く炎を眺めてから視線を空に移すと、崩れた天井の向こうに空が覗いていた。淡く雲が掛かっているせいか星は見えず、朧となった月がぼんやりと優しく輝いている。  朧月は好きだ。深夜の冴えた空気の中で確りと自己主張する蒼い月も好きだが、どこか淡く自己主張が控えめな朧月の輝きは、夜の住人になりきれていない私という存在に重なるのだ。  太陽に喩えられる昼の住人に対し、夜の住人は月に喩えられる事が多い。どちらにもなれない私は、雲の陰に隠れてひっそりと存在を示す朧月が丁度良い。あるいは、昇ったばかりで青空に隠れている月だろうか。  身体を起こして寝起きのストレッチを始めると、血液が流れゆっくりと身体が目覚め始める。  私の心臓は確かに鼓動しているが、運ぶものは暖かな血液ではない。死を象徴する冷たい血液だ。  その冷たい血液も、対流する内に熱を帯びるのだろう。たっぷり時間を掛けて身体を解しているうちに、身体が暖まる。  暖まるといっても常人のそれよりは遥かに低いが、それに不便を感じた事は無い。精々、夏場は涼をとる為の氷代わりにされて困るという程度だ。  ストレッチの終盤に入る頃には、空は白み始めていた。もう間も無く皆が起き出して、そしてその後には戦いが待っている。  その前に、軽く身体を解すために私達の隊は練習試合を行う事になっていた。  この場に居るのは私達を含め五チーム十五名。エニシダさんとアルクさん、サフィちゃんのチームは練習試合を行わないそうなので、残りの四チームで練習試合を行う。  練習試合は、普段のような「魔力の放出」ではなく「魔力のコントロール」を主体に行った。  放出する事は比較的簡単だが、コントロールは難しい。神経を使い、集中力を要する。ウォーミングアップには持ってこいだ。  私の使える技の中に、マジックナイフという物がある。魔力をナイフにし、それによって近接攻撃をする技だ。  魔力を「ナイフ」という形にコントロールしてやる為には明確なナイフのイメージが無ければ不可能で、そのために私は短剣の修練を積んでいた。  直接撃ち込むマジックミサイルや、光線として相手に浴びせるレイよりも地味で緻密なコントロールが要る。  私はその技を主体にして練習試合に臨み、じっくりと感覚を研ぎ澄ませる事が出来た。相手となったパーティの人々も、相応のウォーミングアップになっただろうか。  魔獣使い──エドと名乗った彼らとの戦いは、思った以上にすんなりと終わる事となった。  ライフオーバーフロウを警戒した私達は、エドを集中攻撃で倒すという作戦を組んでいた。その作戦は見事に当たり、総攻撃で彼は早々にギブアップした。  私達にとっての誤算は、一番警戒していたライフオーバーフロウが召喚した者相手でさえ掠り傷程度のダメージにしかならなかった事だろうか。  属性のコントロール術は、パーティ全体で一斉に行う事で効果が二倍三倍と増して行く──徹底すれば封殺が可能となるという事だ。それを実践しようとする者も知っている。だが、私達がまさかここまでの結果を残せるとは思っていなかったのだから驚きだ。  結局苦戦する事も無く私達は彼らに勝利し、また他の隊の皆も同様に勝利することとなった。三隊揃っての勝利。積み上げて来た物が相応に花開いたという事だろう。  次からは新たな探索が待っている。一旦遺跡外に戻り、休息を取る事にしよう。 追記  大乱戦は六回戦まで進む事が出来た。  前回は私の単純なミスで一回戦負けだったので、この結果には満足している。満足しているが、多分まだ私達はやれるだろう。次の大乱戦は決勝に絡みたいものだ。  一回戦で見知った顔と当たった。幼い双子の姉妹…私と同じく「闇」を内包している。  私のように、彼女達にも相応の「場所」が与えられるのだろうか。  出来れば、それは死の微笑む場所ではない事を願いたい。

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