探索手記-16日目-

 遺跡外で準備を終え、探索を開始する。魔法陣「獣小屋」──クリムゾンウィングとエド少年の住処だったのだろうその小屋から出発し、南へ進路を取る。  彼らが待ち受けていた場所を抜け、さらに南へ。  今回、私達は地下一階で唯一開拓されていない地点を目指す事で意見が一致した。  砂漠を抜けた先に何があるのかは解らない。今度の探索は「予め解っている地点」の探索ではなく「先の見えない地点」の探索になるのだ。しっかりと心構えをしておかなければいけない。  作ってもらった装飾品に青い宝石の力を封じ込め、黒い宝石から魔石を削り出す。以前作ったものと比較すると、魔石は天地ほどの違いが出るだろう。  そして私達の目の前には、敵が四体。巨大な蟹に砂海月、そして大きな駱駝。全て初めて戦う相手だ。作戦をきちんと練っていこう。  魔法陣へ移動する前に、竜胆君の先輩だという人と会った。  恐らく自前であろう、良く動く猫の耳と尻尾を持った少年。彼と会う事になったのは、竜胆君のこの一言からだった。 「僕の先輩が服のモデルを探しているんです。セレナさん、良かったらどうですか?嫌なら嫌で構いませんが」  服飾デザイナーなのだろうか。そのあたりは詳しくは話してくれなかった。詮索する必要もないだろう。  死神である彼の「先輩」という事は同業か、或いは学校──死神が学校へ行くのかどうかは定かではないが──が同じだった事は伺える。それで充分だ。  そういう訳で、私の目の前には猫の特徴をもった少年が居る。彼は私の経歴書を見ながら何事かを呟き、衣裳ケースから衣裳を選択しているようだった。 「セレナさんは、ヴァンパイアさんなのですね」  衣裳選びの最中に問われ、どう返答したものか迷ったがさしあたり肯定する事にした。  ここで詳しい出自を述べても恐らくは意味がない。「衣裳モデル」としては必要の無い事だ。 「ヴァンパイアさんにしては、血の匂いがあまりしないのですよ。好きな色が夜明け色っていうのも面白いです」 「そうかな?夜明けの…あの、淡い紫は綺麗だと思うよ」  「夜明け色」の服を着付けながら、そのような会話をする。  「昼を生きることが出来る夜の生物」という矛盾した私の存在に合わせたのかどうかは不明だが、服の素材もタイトなエナメルと柔らかなリボンという相反するものの組み合わせのようで、普段私が着ている木綿のローブとはかなりの違いが見受けられた。 「着付けはこれで…次はメイクです。立ったままではメイクしづらいので、座って下さい。座る時は皺にならないように気をつけるのですよ」  言われた通り、慎重に座る。  私は他人にメイクをされた経験が無い。さらに言えば、私自身メイクは紅を引く程度で殆どしないので、このような本格的なものは初めてだった。 「普段の写真はちょっとぽやんとした感じですね。ちょっとイメージを変えてヴァンパイアらしさを出してみますよ」 「らしさ?」 「どうなるかはお楽しみ、なのですよ」  目を閉じた私の顔の上を、メイク道具が撫でていく。その動きからは、どのような色を乗せているのかは解らない。  ヴァンパイアらしさ……血液のような赤を主体にするのだろうか。それとも、夜を象徴する青?私の顔を形作る者達の動きを感じながら、詮無き思考に没頭する。  衣裳モデル自体が初めての私は、どうすればいいのかは解らない。  舞台ではない所から、写真を撮るだけなのだろう事は解る。という事は、それっぽい立ち姿で居ればいいのだろうか。 「はい、お終いなのですよ。あ、まだ鏡は見ないで下さいね。どうなっているのかは、写真が出来てくるまで内緒です」  ゆっくりと目を開けると、光が少し眩しかった。視線を彷徨わせると…見慣れない、動物のような物が目に入った。 「……この子は?」 「セレナさんの精神を表した…魔獣、みたいなものですよ」 「魔獣…」 「撮影する時に連れるのですよ。今回のモデルさんには皆連れて貰っていますから」  赤い宝石が頭の上半分を多い、下半分は巨大な口という異形の魔獣は、しかし私達に対して敵意を持ってはいないようだった。  ただ、私が何か行動する度に「ビッシャーン」「ドガーッ」といった感じの鳴き声を出してやかましいだけだ。  あの巨大な口で噛まれたら間違いなく簡単に砕かれるだろう。その点でも好戦的ではなかった事は幸いだ。  かくして私は奇妙な魔獣──スクリーム・オブ・アンガーと共に撮影に臨む事となったのだが、ポーズを取る度に「バオーン」と鳴くのはちょっと止めて欲しい。そう思った。

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