探索手記-14日目-針入り水晶を青水晶に合成してもらうと、それは綺麗に馴染み澄んだ青色を見せた。 今日予定していた4種合成──翠銅鉱の原石と指輪に嵌っていた月長石、針入り水晶、青水晶を合成するという複雑なものは、無事成功したようだった。 そもそも、このような複雑な合成を急遽しなければならなかった理由は二つある。 一つは、現在の山場である「紅翼の魔獣」を従える少年との戦いが迫っている事。 彼と戦うためには、この合成で得られる「召喚印」という効果が必須だからだ。 そして一つは、手持ちの材料に「防御」という効果を得られるものが無かった事。 召喚印を得るにはこれが必須であり、これを得るには多重合成で無理矢理引き出さなければいけなかった。 召喚印には、召喚したものの能力を強化してくれる作用がある。 耐久力などは変わらないものの、物魔両面での攻撃・防御を高めてくれるのは非常に大きい。 前列後列問わずに作用する、優秀なものだ。これで、彼らとの戦いの手駒は揃った事になる。 あとは明日、私達が事前の打ち合わせどおりに動けるかどうか。そこに掛かっている。 無事九人全員で彼らの試練を乗り越える事ができるといいのだけど。 ──決戦前夜── やや風化した冷たい床を、湿った風が吹き抜けた。床を侵す水溜まり──その大きさは最早水場と言った方が正しいかもしれない──に波紋が広がる。 風は石壁に打ちつけられて砕け、さざめいた水も落ち着きを取り戻して静寂が訪れた。 しかし、そうして訪れた静寂も薪が爆ぜる音に再び破られる。水場からやや離れた場所に、三つの焚き火が見受けられた。 焚き火の数は即ち遺跡探索パーティの数で、つまりこの場には三つのパーティが居るという事になる。 探索者のパーティは全てが友好的という訳ではない。さりとて、全てが他パーティの邪魔をする訳でもない。 ここにある三つのパーティは、互いの邪魔をしない距離にそれぞれ陣取って焚き火を囲んでいた。 この場に居る者達は、皆一様に同一の試練を受ける事となっていた。 紅翼の魔獣と魔獣遣い。彼らに勝たなくては、この場を通してはくれないのだ。 三つの中に一際大きな焚き火がある。その炎の周囲には九人の人影。互いを絆で結びつける為だろう。彼らは「鎖」を集団の呼び名としている。 ──Triad Chain。絡み合う三本の鎖。 彼らは焚き火を取り囲みながら、ある者は武器の手入れを、またある者は戦闘を通じて得た使役動物の世話をしながら、めいめいがめいめいの方法で決戦の前夜を過ごしていた。 その中で、何をするでもなくただ炎を見つめている女──セレナ。彼女は既に30分以上、ただただじっとそうしていた。 そのセレナの肩を、ぽんと叩く男。セレナと同じ「小隊」の弓師で楽師のアーヴィンだ。 喉を傷めぬよう薬湯を作って飲んでいた彼は、他者に目を向ける余裕があったのだろう。 ただじっと炎を見つめ続けるセレナに気付き、そして声を掛けたのだった。 「嬢ちゃん、難しい顔してどないしたん」 「…ん、アーヴィンさんか。どうもしないよ?」 炎から視線を外さずに応える。その声には普段の明るさは無く、戦闘前の緊張したそれに近かった。 「どうもせんこたぁないやろ。そんなに緊張しよって」 「…緊張してるように見える?」 「ああ、見えるなあ。普段の嬢ちゃんやったらもうちょい楽しそうにしとるで」 「…そっか。楽しそうじゃないか、私」 「ああ、楽しそうやないな。俺にはそう見える」 セレナはふうと息を吐き、向き直った。炎に照らされているせいか、淡い金髪は赤味を帯び、また瞳の紅も深くなっているようだった。 どかりと遠慮する事も無くアーヴィンは腰を下ろし、薬湯の入ったコッフェルを差し出した。 魔法を扱うにも集中せなあかんやろ。この薬湯は集中力を高めて余計な力を抜いてくれる。 そう言って自らもコッフェルに口をつけ、「マズいのが難点やけどな」と苦笑いをし、セレナもまた一口啜って「確かにあまり美味しくないね」と笑った。 「早速効果が出てきたようやな」 「効果が?」 「ああ。今笑ったやろ?笑うって事は、余裕が出来たって事や」 「…ああ、そういえばそうかも」 「な?」 「うん…確かに。少し肩が軽くなった」 肩をぐるぐると回し、首をこきりと鳴らす。 それを見ながらアーヴィンは言葉を続けた。 「緊張する気持ちは解るけどな、緊張のしすぎはあかん。…おかんの受け売りやけどな」 「ん…解ってる。解ってるんだけどね──」 ふう、と一息ついて再び視線を炎に向け、薬湯を一口啜った。 暖かな薬湯が冷たいセレナの身体に熱を与え、緊張を僅かづつだが解していく。 再び一口啜り、セレナが言った 「──作戦は立てた。アルテイシアさんもアーヴィンさんも賛同してくれた。細かな調整も終わってる」 「そうやな」 「でもね。でも…どこか。どこかが引っ掛かるんだ」 「何が引っ掛かるん」 「解らない。大事な戦いの前は…いつも、こんな風にどこかにとげが刺さったような不安が残るんだよ」 「不安、なあ」 なんやよう解らんが、と言ってアーヴィンは立ち上がり、伸びをした。 そしてセレナに向き直り、にやりと笑って、 「そんな不安なんぞ、俺の歌で吹き飛ばしたるわ」 「歌で?」 「ああ、景気付けって奴やな」 「景気付け、か…そうだね、一曲お願いしようかな」 「ようし、そうと決まりゃあ──」 アーヴィンはその場から数歩移動し、一段高くなった瓦礫に立って声を張り上げた。 「──おうい、一曲演るで!お前等、俺の歌を聞けやぁッ!!」 決戦前夜のキャンプは、歌を響かせながら更けてゆく。 夜が明けた後、彼らは再び戦いの中に身を置く事になる。 探索を開始して一番初めの「関門」。越えられなければ数日が無駄となるだろう。 翌夜に挙げられるのは勝利の杯か、あるいは───