ダイアナ元英国皇太子妃が、様々なストレスの渦中に過食症を患っていたと報道されたことは、記憶に新しいことです。過食症という病気がジャーナリズムで大きく取り扱われ、多くの人に知られる一つのきっかけになったようです。過食という行為がストレスと関連していること、皇太子妃でも罹りうる極めて普遍的な病気であること、病を克服した後に自分らしさを求めて様々な試みをしたことなど、過食症にまつわる一つのストーリーを提示していました。
1983年、アメリカの有名な歌手カレン・カーペンターが拒食症がもとで亡くなった時も大きく報じられました。人気の絶頂のなかで何故そこまで食べることを拒否し続けなければならなかったのか、多くの人は疑問に感ずると共に、この病気の極端な結末の一つを思い知らされました。
現代は飽食の時代といわれ、食欲を刺激するグルメ情報は氾濫しています。一方やせていることを賛美する文化があり、多くの人をダイエットへと駆り立てています。小学生において既にダイエットに対する強い関心が見られるし、高校にはいれば過半数の女学生がダイエットを試みています。男子学生においても徐々にこの傾向は強くなってきています。他人の視線によって自らの身体を価値づけ、自己評価の重要な基準とすることは一般的な風潮となっています。このような中で、思春期青年期に限らず幅広い年代の多くの人々にとって、食欲や体型のコントロールは重大な課題となっています。
【診断について】
拒食症は神経性無食欲症、過食症は神経性大食症(DSM4)ともいわれます。両方をまとめて摂食障害と呼ばれています。女性の病気といわれてきましたが、男性にも増えてきています。先進資本主義国に多いのは事実ですが、世界各地から報告が見られるようになってきています。拒食症と過食症は診断的には区別されていますが、同じ病態の表現型の違いとも言えます。ともに食事や食べることへの強いこだわりをもつとともに、体重・体型に極端なこだわりをもちます。友人から太っていると言われたことなどをきっかけに、ダイエットを始めることが多いようです。拒食症の場合はそのまま頑固にやせを追及し、標準体重の15%以下を維持しようとします。いくら痩せていてもそれを認めようとしない点で、ボディ・イメージの障害があるといわれています。ホルモン環境の変化とともに生理も止まってしまいがちです。そのほか、飢餓状態による多くの内臓障害が起きます。
しかし、多くの場合拒食を続けることはそれほど容易なことではありません。逆に食欲が昂進し過食の衝動が抑えきれなくなります。衝動食い(ビンジ)とそれを取り消すための排出行動(パージ)を繰り返すことになります。パージ行動とは自己誘発性の嘔吐や下剤などの薬物の乱用のほか、極端な運動によるカロリー消費も含まれます。拒食症、過食症ともにこの事態は起こりえます。パージ行動によって体重変動が少なくおさえられている場合には外見からは異常は見つかりません。
食事へのこだわりは食事内容や調理の仕方、カロリー計算など細部にわたって気を配ることにつながります。食事のことが強迫観念となって、一日中頭から離れない状態となります。そのため必然的に他の日常の生活全般に、様々な支障をきたすに至ります。集中力を欠き、苛々したり落ち着かなくなります。一方で、気分は落ち込み、意欲をなくしたり無気力になったりします。
特有の認知のパターンや、性格傾向をもっている人がこの病気になりやすいとされます。多くは完全主義の傾向をもち、挫折にもろく、少しの失敗が許せず、また几帳面だが、堅苦しく考えて融通がきかず、少しでも体重が増えれば人格すべてが否定されるというような、極端な決めつけをしやすいようです。また、自己評価が低く、周りの意見を自分に関係づけたり、被害的に取ってしまいやすく、その結果、自尊心と自己嫌悪のあいだを揺れ動きます。行動パターンにおいても、自己実現への模索とあきらめ、家からの独立と依存、平和への希求と破壊、性的な抑制と逸脱など、両極端を揺れ動きやすいようです。拒食と過食もそういう両価傾向の、一つの表れと考えられます。
【慢性化の問題】
問題はこのような事態がかなり長期にわたって、頑固に続けられるということです。拒食ー過食ーパージ行動のサイクルが延々と続くこととなります。このような嗜癖に似た側面をとらえて、アルコール中毒をもじって食事中毒と表現する人がいます。自分の力でこのサイクルから抜け出すのは極めて困難となります。
摂食障害はダイエットの失敗をきっかけに発症することが多いのですが、その引き金としては学業や仕事上の失敗、親からの独立の失敗など、何らかの自己実現の挫折、自信の喪失があります。しかし低い自己評価のために立ち直りにくいのです。
食事のコントロールに失敗し続けることによって、ダメでみじめな自分を繰り返し再確認し続けていくことになります。ときには自分の身体を傷つけたり、自殺を試みる人もいます。他人に見つかる万引きを平然としたり、吐物をすぐに見つかる場所に隠すなど、他人から非難されることを平然とやってのける場合があります。これらは、自己懲罰を繰り返しているかのように見えます。
一方、拒食をする人の痩せの否認にはどことなく満足感が漂います。過食やパージ行動はダメでみじめな自分を一時的にせよ、忘れさせてくれる側面をもちます。そのため、一見苦痛に満ちた行動も、簡単にはやめることが出来ません。また、食事や体型や体重にこだわり、そのコントロールに没頭することは、現在の自分が直面すべき課題から目をそらすことにもつながります。意識するしないにかかわらず、コントロール困難な人生の問題を離れて、コントロール可能な領域で全能感を味わうことが可能となるとも言えます。
【家族との関係】
食事をめぐるトラブルは、多くの場合家族を巻き込む事態となります。拒食は家族とくに母親の作ってくれた食事の拒否、あるいは家族の食卓の拒否につながり、家族への何らかの形の抵抗を示しています。また過食や嘔吐は公然と為されることもありますが、概ね秘密の行為です。しかし隠し続けることは困難で、一旦秘密の行為が明らかになったときは家族の動揺は大きいのです。食べ物への衝動が高じて、盗み食いや万引きなどが明るみに出る事態となったときなどには、家族は大混乱に陥ってしまいます。ときには自分は食べないにもかかわらず、家族に食事を強制して困らせることもあります。食事のコントロールから家族のコントロールへ移っていきやすいのです。この病気になる前はおとなしく自己主張が少ない、言うことを良く聞く良い子だったと言われることが多く、兄弟のなかで一番家族思いであったと評価される人も多いため、その変化に周囲は戸惑います。
問題が長引いてしまうときに、家族のなかで起こりやすいパターンがあります。問題の解決をめぐって家族内の意見の対立が顕在化することがあります。その場合には家族の一方が患者と連合して他方と対立することがあります。逆に患者の存在が家族内の葛藤を隠す役割を果たすこともあります。あるいは、たてまえの強い家族では患者の問題が表面化されにくい場合があります。いずれの場合も家族の協力の有無がこの病気の予後を左右すると考えられています。
【治療】
摂食障害と気分障害や強迫人格障害などの関連性が指摘されており、ときには抗うつ剤などの薬物が良く効く場合があります。そのうえで、個人精神療法、家族療法、集団精神療法などをうまく組み合わせていく必要があります。