探索15日目
暖炉の温もりと紅茶の香りに包まれた小さなカフェの店先に、ドアベルの音が響いた。
外には粉雪が舞っている。こんな日は客足もほとんど無い。
初老に差しかかろうかと言う赤毛の店主が、外套を雪で濡らした配達員にひとつ頭を下げ、一通の封書を受け取った。
カウンターでは店主と同じく赤毛の熟年女性が、今まさに淹れたばかりの紅茶をカップに注いでいた。
何が届いたの、と尋ねる女性。店主はそのままカウンター席に座り、ティーカップの横に淡い桜色の封書を差し出した。
「手紙だよ。サファイアから、ね」
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パパ、ママ、元気ですか。
わたしはやっと、「冒険」に少し慣れてきたところです。
きのうは、二匹の黒くて大きなけものと戦って、勝ちました。
けもの使いの男の子は、二匹のけものと鎖でつながれていて、体はあざだらけでした。
なんでわたしたちと戦ったのか、なんで鎖でつながれてるのか、
いろいろ聞いてお話ししてみたかったけど、男の子は傷だらけの体でどこかへ行ってしまいました。
ママに教わったアクセサリー作りは、すごく役に立ってます。
これならわたしも少しはみんなの役に立てるから、今は作るのが楽しい。
余ったもので試しにつくってみたものを、手紙といっしょに送ります。よかったら見てほしいな。
年明けには帰れなくてごめんなさい。
「冒険者」として一人前になれたら、絶対帰るって約束するから。
その時は、いっぱいできた新しいお友達や知り合いも、パパとママに紹介したいな。
じゃあ、まだまだ寒い季節だけど、カゼひかないでね。またそのうちお手紙します。
Sapphire A Fairwind
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「……思ったより、しっかりやっているようじゃないか」
店主は呟くと、桜色の封筒を軽く振った。
中から、封筒よりも幾分鮮やかな桜色の小さなイヤリングが転がり出た。
「これは……桜貝ね。 ……どう?」
早速、女性は自分のイヤリングを外し、「娘の作品」をつけてみた。
小さく、淡い春の色。
若い娘がつけるには少々シンプルすぎるそれは、最初から母親に合わせて作られたものだった。
「いいんじゃないか? うかうかしてたら、追いつかれてしまいそうだね」
店主は娘の成長を喜びながら、もう二十五年余りの付き合いになる妻を茶化した。
この二人も、元はと言えば冒険で知り合い、紆余曲折を経て互いを認め合った仲。
自分の娘―――それも、体力や魔力、知力に関してはお世辞にも優れているとは言えない―――が、自分たちと同じ道を選んだその日以来……
時には眠れない夜も経験した。
幾度と無く、娘が己の手の届かない場所で、獣や悪魔に貪り食われる悪夢にうなされた。
「……今日は店を閉めようか。この雪ではどうせお客も来ないよ」
やや冷めてきた紅茶を飲み干し、店主は席を立った。
外の雪は止む気配を見せず、むしろ激しくなる様子ですらあった。
「そうね。今夜は秘蔵のお酒開けちゃおうか」
その夜、店の灯りは夜明けが近くなるまで消える事はなかった。
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