探索8日目


巨大な蟋蟀を二体屠り、ようやく遺跡の外に帰還することになった。
曇りがちになっていたパーティメンバー全員の表情が和らいで行くのが分かる。
巨大説物が潜むような得体の知れぬ遺跡の探索、そして殺し合い、解体するような生活圏から、久しぶりにひとの住む世界へ戻ってきたのだ。
当然といえば当然か。

考えてみれば一週間強遺跡の中にいたことになる。たったの八日間、しかしそんな短い期間なのに、我々九名の結束は随分と固くなった気がする。
異様に濃密な一週間。もしかするとこの遺跡は、時間感覚まで狂わせたりする地場なのかもしれない。
尤も、今更多少不思議な現象があろうが誰も驚かない気もする。

折しも丁度良く、年が暮れ新しい年が明ける時節であった。遺跡外の街は凄い人出だった。
私達 Triad Chain の面々も、最初は集まって飲んだり食べたりしていたが、そのうちバラバラになったりまた集まったり、見知らぬ人と飲んでい たりと、新年かくありといった様相を呈していた。

偶にならばよいが、ここまでの人混みは苦手だ。長年の習性か、気配が多すぎると落ち着かないのだ。
気分転換と酔い覚ましも兼ねて”森”へ赴くことにした。
何でも天然の露天風呂が見つかったとかで、気になっていたのだ。
渓谷近くということで、少々場所の特定に難儀したものの、年越しの湯を楽しむことが出来た。

しかし。

同じような理由で抜け出してきたパーティメンバーの一人―――仮に某氏としておくが、その某氏と居合わせてしまったのだ。
よりによって湯殿の中で。湯気が濃くて互いを確認できなかったのだ。
身体の疵痕を偶然にも目撃されてしまい、自分でも酷く動揺するのが分かった。裸を見られるより、疵を見られる方が恥ずかしい。

しかし某氏は口外せぬと誓ってくれたので、その場は事なきを得た。礼の代わりにと、こっそり自賛した酒を振る舞うことにし、ちょっとした酒宴 気分だ。―――念のため、身体に布をきっちり巻いて。

それまで何処か近づきがたい雰囲気を纏っていたと思っていた氏だが、湯の効果か私の認識不足か、随分と穏やかに話す事も出来るようで、暫し新 年の喧噪から離れた静かな時間を過ごせた。

秘湯から帰還してみれば、冒険者達の盛大な乱痴気騒ぎも一段落付いており、街のそこここに潰れた冒険者が散乱していた。その中に集まっている TCの面々。どうやら抜け出した面々の中で最後に戻ってきたのは我々のようだった。

だが、何かおかしい。主に皆の此方を見る視線が。
酒宴の中を抜け出すことがそんなに―――

まさか。


―――酷い誤解だ!


違う、勘違いです、と何度連呼したかも忘れた。そんなややこしいことになってなどいない。
おかげでまたも酷く動揺してしまい、アーヴィンさんに合成して貰う予定の保存食と間違えてパンくずを渡してしまったり、買い物を間違って新年 早々走り回る羽目になってしまった。

―――某氏がその誤解に対してどんな顔や反応をしていたのか、それを確認する余裕はなかった。
おそらく嫌な顔をしていたのではないかと、思う。おそらく……。

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