探索19日目
探索十九日目。
地下2階での激闘は熾烈を極めた。
三番隊である当パーティの前に立ちはだかったのは、異様に発達した角を持つサイに似た巨大な動物
と、全身純白の毛で覆われた虎。 ビッグホーンに白虎だ。
未だ見たこともない、野生動物を遙かに超えた殺意とその闘争への姿勢。
正直なところ、戦慄していた。私だけでなく、三番隊は総員そうだったと踏んで良いだろう。
ビッグホーンの突撃は単調だ。よく見てさえいればかわすことは可能である。
だが――― 問題は白虎だった。
てっきり肉食獣の攻撃を想定していたのだが、この島の生物が普通でないことを
失念していた。かの獣は強力無比な熱線、光の魔法を放ってきたのだ。
それも何発も、何発も!
数発はどうにか耐えられたがダメージが酷く、朦朧としたところでビッグホーンの突撃を正中線に
喰らってしまった。
油断した、と思う間もなく、視界に入るのは……白虎が放つ、光の熱線。
それきり私の意識は途絶えた。「死」へと落ちる絶望を抱きつつ。
―――気がついたときには、見知らぬ天井が視界に飛び込んできた。
「死」んでいない、生きている……?
身体が酷く痛む。
動かない。
寒い。
寒い。
どうやらどこかの一室らしい。宿か?
首は辛うじて動くようで、周囲を見渡すことができた。やはり何処かの宿らしき大部屋で、奥の方にはサフィさんと蟋蟀らしき影が盛んに動いていた。
バケツを持っているようだ。
手前には寝台が四つ、それと椅子にぐったりと座している人影がひとつ。
―――全て、TCのメンバーだった。
エゼ君がサフィさんに怪我を洗って貰い、その手付きに悲鳴を上げまいとしているところが見えた。
メガネを外したナミサ君が、血の気が引いた青い顔で眠っているのが見えた。
椅子に座しているのはアルテイシアさんだろうか。時折焦げ臭い匂いがすると思ったのは彼女の特異な外傷のようだ。
アーヴィンさんがアルクさんに手当をして貰っている。こんな時でもまだ物怪に対するぼやきが漏れている。
それを見てセレナさんが面白そうに笑っているが、流石にいつもの覇気はない。
どうやら二番隊だけが難を逃れ、他二隊は膝を付いてしまったようだ……というのは、その部屋の様子を見ただけで理解できた。
状況は良くはないが、みんな、どうにか生きていた。あの遺跡に屍を晒すことなく生還できたのだ。
よかった。心から安堵する。
本当によかった……
安心して気が抜けたと同時に、引きつるような痛みがちくちくと上半身―――肩から腹部にかけてを覆い、私に小さなうめき声を上げさせるに至った。
足はどうにか動くようだが(感覚もあった)、上半身が動かない……。
寒い。
凍えるように寒い。
「あ、フォウトさんが、きづきましたよっ」
「本当? よかった! おじさーん! フォウトさん起きたみたい」
アルクさんの声。サフィさんの声。
嬉しそうで軽やかないつもの声。元気で朗らかな声。
ああ、二番隊は思ったより怪我を負わなかったのだな。なんという僥倖。
脱力していると、板の間を伝う別の足音がこちらにやってきた。
天井と私との間を遮ったのは、僅かに疲れた顔のエニシダさんだ。医療の知識も持つこの御人、見ただけで他の面々の治療に当たっていたと分かった。
「……よし、意識は戻ったな。大丈夫、早くに治る傷だ。痕も残らん。出来るだけ動かないようにしていろ。」
伝えるべきことを端的に伝えられる。己の体調が如何な状態であるかは間接的に把握できたが、私よりも他の者を助けて欲しかった。
「私は、後回しで、かま、かまいません。どうか、他の皆を、先に」
はっきりと発音したはずなのに、声が酷く擦れる。聞き取りにくいと思われたが、エニシダさんははっきりと答えた。
「そう来ると思って、後回しにさせて貰った。しかし、あんたが一番酷いんだ。一応滅菌はしておいたが、布の上からでな。万全じゃあない。
……すまんが服を取らせてもらうぞ。このままでは治療できん」
「……う……」
ぼんやりとする頭でも、すんなりと受け入れがたい言葉だった。同じく医療知識のあるアルクさんに代わってもらえないかと申し出たのだが―――
「いいのか、アルクだと古傷を見られるぞ。」
小声で他の者に聞こえないよう、囁くように追って告げられる。滅菌だけして治療を後回しにしたのは、おそらくこの為なのだろう。
その心遣いには感謝するが、一度不慮の事故で裸身、ないしは傷痕を彼に見られてしまったとは言え、流石にその申し出には戸惑いを隠しきれない。
しかし、やむを得ない。幸い視界の端には衝立てのようなものも確認できる。
あれを引きずってくれば、どうにか他の面々からの視線は遮断できるだろう。
「く……。では、お願い、しま、す……」
そう言うのがやっとだった。
ひやりとした外気に、火傷した胸部、そして昔の戦傷が晒された。
傷を見られるとどうにも未熟の証を晒している感覚になり、裸を見られる以上に強い羞恥心が沸き起こる。
反射的に胸部を覆おうとしたが、両腕に引きつれたような激痛が走り、動かすことも適わない。
二の腕から肘が、寝台に融合してしまっているかのようだ。
「動くな。ますます痛みが増すぞ。」
静かに、しかし有無を言わせない様子で氏は皮膚に張り付いた戦闘服の欠片を取り除き、再度の滅菌をし、肌に水薬を塗布していく。
特殊な薬草から抽出した薬でも使っていたのか、それとも単に感覚が麻痺してしまったのか、剥離による痛みは殆ど無い。
しかし、元からある熱線による火傷の痛みは簡単には消えない。汗が額を伝わるのが分かる―――
やがて全身が凍えるような寒気に覆われていたのが失せ、気持ちの良い清潔なシーツの感触を背中に感じるほどの余裕が生まれていた。
丁寧に巻かれた包帯の上に毛布がかけられる。
痛みと恥ずかしさが薄れ消えていく反面、気が抜けていくのがよくわかった。
「―――あとはこの煎じた―――を飲んで―――…… フォウト?」
衝立の向こうからコッフェルを持ったエニシダさんが顔を覗かせる。それが残っている最後の記憶だった。
私は枕に埋まるようにして意識を失った。
深い水底から明るい水面に浮かび上がるようだった。再び意識を取り戻したときは既に夕方で、窓から朱色の陽光が差し込んでいた。
遠くから冒険者と思われる者達の声が聞こえてくる。
他の五人は眠っているようで、三つの微かな寝息と一つのイビキ、ひとつの小さな機械の作動音が静かに部屋に響き渡っていた。
二番隊の三人の姿は見えなかった。
買い出しに行ったのか、別室で休んでいるのか、外食にでも行ったのか。
只一人起床した私は、大きく安堵の溜息をついた。まだ傷は痛むものの、寝台に半身を起こすことが出来た。
これならもう大丈夫だろう。二番隊の面々には感謝し尽くしてもし足りない。冒険の成果で恩は返そう。
ベッド脇のテーブルに置いてある空のコッフェルを何とはなしに見つめていたが、ふと思い当たることがあった。
どうでもいいと言えばどうでもいいことなのだが、あの薬湯を飲んだ記憶が全くないのだ。
―――口の中は、微かに煙草の匂いがした。
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